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既成概念

実家の近くには大手コンピューターメーカーの
施設があって、通勤時は人通りが激しくなります。
そのなかに手話で話をしながら歩く人たちを
何度も見かけました。

手話というのは、ルールを決めた
ボディランゲージだから、そのルールを
知らない私が見ていたところで
話の内容はわからないけれど
「楽しい話」「真剣な話」のような
おおまかな雰囲気は後姿からでも
わかるようなときがありました。

手話って便利だなあ!と思ったのはそれから
何年もたってから。
乗換駅の始発の電車に乗り、出発を待っていた
時のこと。

さっきまで友達とおしゃべりをしていたと思われる
女子高生がひとり電車に乗り込んできました。
ちょっと前の時間が楽しかったと見ればわかるような
笑う口もとを抑えるような表情をして、乗り込んだほうと
反対側の扉の前に立った彼女。
扉のむこう側には、反対方向に出発する電車。
そのなかに彼女の友達の姿が何人か見えました。

すると彼女たちは手話で、話し足りないおしゃべりを
続けたのです。
ガラス越しでも、お互いが見えれば意思の疎通が
できることを見たときの驚き。
なんて、便利な言語だろう。
そう思いました。


今日、電車に乗ろうとホームで待っていたら
手話で会話する中年男性サラリーマン2人。
乗った電車は、ガラガラに空いていて
彼らは向かい合わせに座りました。

知り合い同士なら隣に座るものだと
潜在意識のなかに刻まれているのだと
感じましたねえ。
魚の絵を描くと、魚の頭を左向きで
書いてしまうように。

彼らにとっては、向かい合わせで
互いの表情がみえるほうが会話しやすいんですよね。

目の前でみると、とっても理解しやすいけど
ついつい自分のやり方だけで、これでヨシ!と
決め付けてしまっていることってたくさんあるんだろうな。

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